2017年06月08日

池田雅子 パステル・水彩画展と、オープニングイベントのお知らせ

*オープニングイベント*
池田雅子 今だから伝えたい「山ノ神」の話
広沢里枝子 越後瞽女唄 「庄内節」「祭文松坂 葛の葉 子別れ三の段」「信州追
分」
日時 7月29日(土)午後1時30分〜3時 終了後ティータイム(希望者)
会費 2000円(ティータイム:希望者500円)定員 15名
池田雅子 パステル・水彩画展
 −森のスピリチュアル・ヒーリングアート−
7月29日(土)~8月8日(火)
場所:軽井沢町追分 油や内「蝙蝠」








            (祈りの樹:パステル・水彩) 
問い合わせ
油や(営業時間11:00〜17:00)
〒389-0115 長野県北佐久郡
軽井沢町追分607
電話:0267−31−6511
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2017年05月27日

「里枝子の窓」から 2017年5月

こんにちは!広沢里枝子です。
上田放送局から、盲導犬のジャスミんとお届けいたします。


長野県の消防防災ヘリコプター「アルプス」の墜落事故では、多くの人命を救ってき
た長野県消防防災航空隊員9名の方の尊い命が失われてしまいました。
胸を痛めておられる方は、きっと少なくないと思います。

先日、私は、友人の池田雅子さんから、事故で亡くなられた隊員の方々に感謝の気持
ちを表したくて、松本市の消防防災航空センターへ献花に行ってきたお話しを聞きま
した。
雅子さんは、自然観察ガイドの仕事をしていらっしゃいます。
それで実際に救助ヘリのおかげで、人の命が救われた現場に立ちあったことがあった
のだそうです。
雅子さんのご体験や気持ちを聞いて、これはリスナーの皆様と分かち合いたいと思い
ましたので、お願いしてお手紙に書いてもらいました。
最初に朗読させていただきます。

■消防防災航空センター、救急隊の皆様へ

今年3月5日に長野県の防災ヘリが墜落し、9名の隊員の命が失われました。
そのニュースが流れたとき、私はテレビに釘付けになりました。
まさか!あのヘリが!

一昨年の夏、私は池の平湿原のガイドをしていました。
参加者は20名ほど。
昼食と休憩のあと、午後のルートに向けての諸注意をし始めたところ、私の目に参加
者の男性が膝から崩れ落ちる姿が飛び込んできました。
慌てて駆け寄り支えようとしましたが、体格のよい男性を抱えきることができず、男
性は倒れこんでしまいました。
最初は、熱中症かと想い、その対処をしましたが、男性の様子を見るうちに心筋梗塞
ではないかという考えが、私の頭に浮かびました。
内心冷や汗が出ました。
けれど、とにかく繋げるしかありません。

連絡をしてから40分ほどで救急隊が登ってきてくれました。 
「よかった!つなげられた」とまず思いました。
救急隊は、すぐに心電図をつけてくれ、男性は心筋梗塞であることがはっきりしまし
た。
「防災ヘリを呼びます」と声をかけられ、「お願いします」と答えたのを憶えていま
す。
其処から私は、救急隊の支持で、ヘリが来たときの準備に入りました。
そうしているうちに「ヘリが来ました」という声が聞こえました。
「手を大きく振ってください」と言われ、私は夢中で大きく手を振りました。
見る見る近づいてくるヘリ。
私の目に、濃いオレンジ色の長野県のマークが飛び込んできました。
それは、防災ヘリの機体の底に描かれている長野県のマークでした。
「助かった!」と、心の底から思いました。
強い風がまく中、ヘリから隊員がロープを使って下りてくるのが見えます。
隊員を下ろすと、ヘリは一度離れていきました。
てきぱきと処置をしていく隊員たち。
待機していたヘリが、旋回して戻ってきました。
男性を抱えた隊員が、ヘリへと収容され、ヘリは佐久医療センターへ向かって飛んで
いきました。
青い空に小さくなっていくオレンジ色の尾翼を見送りながら「助かった!」と心から
安堵しました。

 あの時見上げた濃いオレンジ色の長野県のマーク。
本当に力強く、誇らしく思いました。
長野県のマーク・・・それはヘリに描かれているだけ・・・かもしれません。
けれど、それに命を吹き込んでいるのは、隊員の方々です。
命を懸けた毎日の活動が、マークに命を吹き込み、下から見上げている私達に、大き
な安堵感と信頼と、そして県民としての誇りをもたらしてくれているのです。
 山岳県に生まれ、人生の中で山で活動をする機会を与えられた者として、長野県消
防防災航空隊があることは最後の命綱です。
一番は、お世話にならないように心がける。
けれど、100%の安全はどこにもない。
だとしたら救急隊がきてくれるまで、防災航空隊が来てくれるまで、生命をつなぐた
めに、がんばる!
それがガイドの役割だと、思います。


なくなった隊員の方のご冥福を心からお祈りすると共に、今も活動を続ける救急隊の
皆様に心から感謝します。

 池田雅子
posted by りえこ at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月01日

「里枝子の窓」から 2017年4月

こんにちは。広沢里枝子です。花盛りの上田から、盲導犬のジャスミンと一緒にお届
けしています。
先月の放送のおりには、26年間、番組を支えてきた岩崎信子ディレクターに14通もの
お心のこもったメールをいただきました。本当にありがとうございました。
さて、今日から「里枝子の窓」のディレクターは、宮嶋美紀さんになります。宮嶋さ
んは、SBCラジオのレポーターとして活躍していますので、ご存知の方が多いと想い
ます。宮嶋さんは、車の運転もできますし、フットワークが軽いので、更に行動範囲
を広げてお伝えして行きたいね、と話し合っています。一緒に一歩一歩、力いっぱい
やって行きますので、どうぞ、これからも「里枝子の窓」を応援してください。
ところで、3月の23日に、上田市では、世界身体障害芸術家協会会員の木村浩子さん
を迎えて、木村さんの絵の展示会と、交流会、講演会を開きました。私は、メインの
講演会に、残念ながら参加できなかったのですが、交流会には参加できたので、その
ようすを最初にちょっとお話しいたします。
まず、木村浩子さんが、どんな方かということなのですが、現在79才です。脳性小児
麻痺の影響で、体のほとんどの自由が効きません。
戦争中に、浩子さんのお母様は、日本兵から「親の手で殺せ」と青酸カリを渡されま
した。ですが、お母様は、重度の障害のある浩子さんを抱えて山中に3か月潜んで終
戦を迎えたそうです。
浩子さんは、戦時下では、そのように障害者は“生きる価値のないもの”と扱われて
しまう事実を社会に伝えて、反戦を訴え続けています。
浩子さんの平和のための活動の拠点は沖縄県伊江島。沖縄戦では、地上戦がおこなわ
れて、多くの住民の命が奪われた場所です。
私は、6年ほど前に、浩子さんに会いたくて、浩子さんが伊江島で営む民宿「土の宿
を訪ねました。フェリーで海を渡って行きましたが、思い出すのは、家々の塀や壁な
どに一面に残っていた砲弾の跡です。古い滑走路だけが、縦横に走って、島の暮らし
や自然が、沖縄戦で踏みにじられてしまったことを実感しました。
でも、「土の宿」は木作りの精製した宿で、そこでみんなで囲炉裏に枝をくべながら
話し合っていたときに、浩子さんが言った「最後まで、いいことはいい、間違ってい
ることは間違っていると、イエス・ノーをはっきり言いたい。人間だもの。」という
、力強い言葉は、今も忘れません。
そして、私が今回、交流会に参加して特に感心したのは、浩子さんのネットワークの
広いことでした。沖縄から遠く離れた信州ですのに、交流会にも、全県から、30人近
い方が駆けつけて、とても温かなつどいになりました。
たとえば、「共働学舎」の宮島眞さんがいらしていて、浩子さんとみんなのためにチ
ェロを演奏してくださいました。浩子さんは、「共働学舎」から学びたいと考えたこ
とがあって、長年の交流があるそうです。浩子さんとの出会いをきっかけに、誰もが
安心して泊まれる民宿を開いているというご夫妻も伊那から駆けつけておられました
。浩子さんが撒いてきた種が、ここ信州でも、あちこちで芽生えて育っていることを
知りました。
では、木村浩子さんとの交流会の報告の結びに浩子さんの言葉をひとつお伝えします

「平和でなければ生きられない」
posted by りえこ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記