2017年05月01日

「里枝子の窓」から 2017年4月

こんにちは。広沢里枝子です。花盛りの上田から、盲導犬のジャスミンと一緒にお届
けしています。
先月の放送のおりには、26年間、番組を支えてきた岩崎信子ディレクターに14通もの
お心のこもったメールをいただきました。本当にありがとうございました。
さて、今日から「里枝子の窓」のディレクターは、宮嶋美紀さんになります。宮嶋さ
んは、SBCラジオのレポーターとして活躍していますので、ご存知の方が多いと想い
ます。宮嶋さんは、車の運転もできますし、フットワークが軽いので、更に行動範囲
を広げてお伝えして行きたいね、と話し合っています。一緒に一歩一歩、力いっぱい
やって行きますので、どうぞ、これからも「里枝子の窓」を応援してください。
ところで、3月の23日に、上田市では、世界身体障害芸術家協会会員の木村浩子さん
を迎えて、木村さんの絵の展示会と、交流会、講演会を開きました。私は、メインの
講演会に、残念ながら参加できなかったのですが、交流会には参加できたので、その
ようすを最初にちょっとお話しいたします。
まず、木村浩子さんが、どんな方かということなのですが、現在79才です。脳性小児
麻痺の影響で、体のほとんどの自由が効きません。
戦争中に、浩子さんのお母様は、日本兵から「親の手で殺せ」と青酸カリを渡されま
した。ですが、お母様は、重度の障害のある浩子さんを抱えて山中に3か月潜んで終
戦を迎えたそうです。
浩子さんは、戦時下では、そのように障害者は“生きる価値のないもの”と扱われて
しまう事実を社会に伝えて、反戦を訴え続けています。
浩子さんの平和のための活動の拠点は沖縄県伊江島。沖縄戦では、地上戦がおこなわ
れて、多くの住民の命が奪われた場所です。
私は、6年ほど前に、浩子さんに会いたくて、浩子さんが伊江島で営む民宿「土の宿
を訪ねました。フェリーで海を渡って行きましたが、思い出すのは、家々の塀や壁な
どに一面に残っていた砲弾の跡です。古い滑走路だけが、縦横に走って、島の暮らし
や自然が、沖縄戦で踏みにじられてしまったことを実感しました。
でも、「土の宿」は木作りの精製した宿で、そこでみんなで囲炉裏に枝をくべながら
話し合っていたときに、浩子さんが言った「最後まで、いいことはいい、間違ってい
ることは間違っていると、イエス・ノーをはっきり言いたい。人間だもの。」という
、力強い言葉は、今も忘れません。
そして、私が今回、交流会に参加して特に感心したのは、浩子さんのネットワークの
広いことでした。沖縄から遠く離れた信州ですのに、交流会にも、全県から、30人近
い方が駆けつけて、とても温かなつどいになりました。
たとえば、「共働学舎」の宮島眞さんがいらしていて、浩子さんとみんなのためにチ
ェロを演奏してくださいました。浩子さんは、「共働学舎」から学びたいと考えたこ
とがあって、長年の交流があるそうです。浩子さんとの出会いをきっかけに、誰もが
安心して泊まれる民宿を開いているというご夫妻も伊那から駆けつけておられました
。浩子さんが撒いてきた種が、ここ信州でも、あちこちで芽生えて育っていることを
知りました。
では、木村浩子さんとの交流会の報告の結びに浩子さんの言葉をひとつお伝えします

「平和でなければ生きられない」
posted by りえこ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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